東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)80号 判決
一 本願発明についての出願から審決までの権利承継の点を含めての特許庁における手続の経過、本願発明の要旨、および審決理由についての原告主張の一から三までの事実は当事者間に争いがない。
二 右の争いのない事実およびその成立に争のない甲第一号証の記載によると、本願発明の要旨は、原告請求原因二の後段に摘示した通りであることが認められる。
右の本願発明の要旨を分析すると、
(1) 繊維布帛の特長ある手触りを有し、
(2) 繊維断片の交叉連結した集団に配列された繊維を含み、
(3) 前記集団はそれらの間に空隙を作り、
(4) 一般に布帛の層の方向に多数に共通する繊維によつて連結されており、
(5) この繊維は布帛中に機械的平衡を保つている、
(6) 孔のある無織の布帛、
という六つの要件を包含するものである。
ところで、以上の各要件について、これを、その語の有する通常の用法に従つて(すなわち、同時に、本願発明の出願当時の技術水準に照して)、検討するならば、
(1) の要件である「繊維布帛の特長ある手触りを有し」ということは、繊維以外の材料で出来たもの、例えば金属、木材、合成樹脂等とは異なり、繊維を材料とするものであり、しかも布状のものの手触りを有することを意味するものである。
(2) の要件である「繊維断片の交叉連結した集団に配列された繊維を含み」という意味は、繊維断片(すなわち、その繊維の長さが短く紡績の原料となりうるもの)の多数のものが横方向には交叉し、縦方向には連結したものが集団をなしているもの、そういう構造の繊維の集団が包含されていることを現わすものというべく、しかも「含み」というのであるから、このような集団が少くとも混在していることをもいうものと解するほかはない。
(3) の要件である、「前記集団はこれらの間に空隙を作り」は、前記繊維の集団の間に空隙があるようにすることを意味するから、板状や膜状のように、空隙の存在しないものを排除する趣旨であることを示すに止まり、さらに空隙の大小については問題にならないと解すべきである。
(4) の要件である「一般に布帛の層の方向に多数の集団に共通する繊維によつて連結されており」というのは、布帛の面の縦横の方向において多数の集団がその各集団を形成する繊維によつて連結されていることを意味する。
(5) の要件である「この繊維は布帛中に機械的平衡を保つている」というのであるから、化学的に分子結合によつて平衡を保つている場合と区別されるが、機械的平衡を保つことが接着剤をも用いないことを意味するものとはいいがたい。
(6) の要件である「孔のある無織の布帛」であるからいわゆる不織布であつて、孔のあるものを指し、織布でないことは明らかであるが、孔のあるものをいうのであるから、繊維の間を全部塗りつぶしてしまつたものでないことを意味するものである。
三 本件審決において拒絶の理由として挙げた特許第一八〇、五七四号明細書に記載された代用布巾の製造方法についてみるに、その成立に争いのない甲第三号証の記載によると、落綿、雑繊維、屑繊維と蒟蒻粉、カザイン、ゴム等の糊料を主材とし、蒟蒻粉十、水三百ないし八百の割合で溶解して蒟蒻糊とし、これに醋酸、油性物質(例えば、ヒマシ油ロート油のようなもの)蝋、ソーダ灰などの配合剤を加え、攪拌機で攪拌混和した糊料に繊維五から八十の割合でこれを少量ずつ混入しながら攪拌混和しつつ攪拌し、あるいは繊維の扁平層に糊料をロールプレスなどで押圧浸透混和させ、長短繊維を縦横斜など種々の方向に屈曲錯綜させ、あたかも毛を束ねたような状態で均等に糊中に抱合させ、あたかもゼリー状の扁平層とし、これを適当の方法で乾燥して糊中の水分を発散させることにより糊中の一部はそれぞれの繊維の外部に薄層を形成し、糊料の大部分は繊維と繊維とを結着させ、各繊維の交錯結着部の他の部分は繊維の弾性により乾燥中自然離間して繊維の特性を保持したまま緻密な立体網状の扁平層を形成させ、もしくは前記扁平層を縦横斜などに貼着しこれをプレスなどで圧縮押圧網状の薄層を形成させるものである。
そして、この製造方法によつて作られた代用布巾の構造、作用効果を考えてみると、まず、その外観手触りは、繊維によつて形成された布帛であり布巾(一般には織物である。)の代用をするものであるから、繊維布帛の特徴ある手触りを有することは明らかであり、その構造において繊維断片(落綿、雑繊維、屑繊維がこれに相当する。)の交叉連結した集団に配列された繊維を含んでおり(糊料中に「前記繊維を縦横斜等種々の方向に屈曲錯綜させた」点がこれを現わしている)、これらの繊維の集団は布帛の層の方向に生成され、しかも多数の集団に共通する繊維によつて連結されていることは、「緻密な立体的網状の薄層を形成させる」との記載からも認めることができる。さらに、この繊維は布帛中に機械的平衡を保つていることも繊維が糊料という接着剤によつて結着されていることから認められる。しかも、この布帛(代用布巾)は板状又は膜(フイルム)状でなく、孔のある不織布であつて従来の布巾に代えて衣料用に使用しうることは前記甲第三号証引用例の特許明細書第一頁右欄下から二行目から第二頁左欄一から二行目の記載に徴し明らかなところである。
四 そこで、本願発明の不織布と引用例記載の方法によつて作られた代用布巾とを比較すると、本願発明の特許請求の範囲のうち(1)の手触りの点は引用例のものも同じであり、同(2)の繊維断片の交叉連結した集団に配列された繊維を含む点も、引用例のものが繊維の特性を保持したまま緻密な立体的網状の薄層を形成している点と相等しく、同(3)の前記集団が、それらの間に空隙を作る点も、引用例のものが代用布巾であつて板又は膜状のものではなく圧縮押圧網状の薄層を形成していることは空隙を有することに帰し、この点も両者相違するところなく、同(4)の点も、引用例のものが前記集団を包含して布帛すなわち布巾を構成していることからみて、当然多数の集団に共通する繊維によつて連結されているものであるから両者相等しく、また(5)の点も、引用例のものが、その構成からみて繊維集団を含む布帛を糊料をもつて結合させたことは、前記集団に共通する繊維は布帛中に繊維的平衡を保つていることに帰し、(6)の点の孔については明細書中に格別の特殊な性質を有するものとの説明もなく(ただし、空隙に関し、規則正しい模様のある点についての説明はあるが、特許請求の範囲にはその旨の記載なく、一実施例の記載とみるほかなく、これをもつて要旨とすることはできない。)、結局前記(3)における空隙と特に異なるものとみることができないので、この点も両者に差異があることは認めがたく、また、両者とも「無織の布帛」であることはいうまでもない。
結局、本願発明の構成要件の(1)から(6)はいずれも引用例のものも有するところであり、各要件の結合の全体としてみても引用例のものは本願発明の不織布と相等しいものというべく、同一発明に該当するといわなければならない。
なお、原告は、本願発明が模様状の規則正しい可視的開孔とそれを囲む繊維集束および結合部を有するものであつて、単繊維間における立体的網状の微視的空隙を有するものと解すべきではない旨主張するが、本願発明の要旨としては、これを右原告主張のようなものに限定して解釈すべきものでないことは、前記特許請求の範囲の項に、右の点については何らの記載もされていないことから見て明らかなところというほかなく、原告の右主張は採用することができない。
また、原告は前記「空隙」に関し、これを繊維集団およびその結合部で囲まれた大きい可視的模様状開孔とみるべき旨主張するが、前記本願発明の明細書中の記載、ことにその特許請求の範囲の記載をもつてしては、単繊維間における立体的網状の微視的空隙と右の可視的模様状開孔とを区別して「空隙」の意味を解することはできず、この点に関する原告の主張も採用できない。
五 結局、本願発明は引用例をもつて拒絶されるのを相当とした本件審決は正当であるので、その取消を求める原告の請求は理由なきものとしてこれを棄却する。